Vol.48:現代人に忍び寄る、“新型栄養障害”
各世代、それぞれに注意が必要です
今回のテーマは、“栄養障害”です。なんと、この飽食の時代に“栄養障害”に陥る人が増えているというのです。ふくよかな体型の人は「栄養状態が良い」と思いがちですが、実は、太っていても低栄養の人はいます。見た目で体格が良くても、脂質や糖質ばかり摂っていてたんぱく質などの栄養が不足していれば、体にとっては低栄養の状態となります。いわば、“かくれ低栄養”とでもよぶべき、由々しき事態です。
栄養失調といえば、経済的な理由や病気など栄養が足りなくなって痩せ細ったイメージが浮かびます。しかし、“新型栄養障害”は食の細った状態だけでなく、カロリーがしっかり足りてむしろ“栄養過多”であっても起こりえるのです。いったいどういうことでしょう。
それは、「極端に偏った食事による栄養素の不足」が原因です。特に不足しやすいのはタンパク質とミネラルの不足といわれています。
今、リスクが高いとされる集団は、「高齢者」、「中年男性」、そして「20代女子」です。
今、多くのシニア世代が直面する課題は、食欲が出ない、体重が増えない、といった“栄養不足の徴候”です。高齢者の栄養障害の特徴は、タンパク質とカロリーの不足。食事量が減り、肉や魚などのたんぱく質を食べなくなることから、全身の筋肉量や筋力が減少する、“サルコペニア”に陥りやすくなります。噛む力が弱くなり硬いものを避けがちになり、バランスよく食事をとることが億劫になります。また足腰が弱って買い物や調理が困難になるなど活動が低下すると、食欲が落ち、どうしても簡単なメニューですませてしまいがちになります。こうして栄養不足の悪循環に陥ると、筋肉や骨を維持することができなくなり、内臓への負担も増加します。認知機能の低下との関連も指摘されています。
半年前より5%程度(60㎏の人は、3㎏)体重が減っている場合は、要注意です。体脂肪ではなく“筋肉”が減っている可能性があるからです。
はたらき盛りで自身の健康が二の次となりやすいミドル世代の栄養障害の特徴は、“カロリー過多”と“ミネラルの不足”。忙しくてつい食事を抜いたり簡単に済ませたりしがちの日々、手っ取り早く腹を満たしやすいのは炭水化物。特に単身赴任や独り暮らしの人、外食が多い人では、同じものばかり食べていたり、カップラーメンやスナック菓子で済ませてしまったりして、気が付いたらカロリー過多、蛋白不足、ミネラル不足、という事態にもなりかねません。
代謝が落ちるこの時期に“糖質過多、タンパク質不足、野菜不足”の食習慣を続けることは、将来のリスクを抱える大きな要因となっています。
ミドル時代では“メタボリック・ドミノ”(図1)が心配の1つ*1。しかしそんな人がやがて高齢になると、今度は筋肉の衰えや低体力(“サルコペニア”や“フレイルティ”)などによる転倒や内臓疾患のリスクが増してきます。
メタボは生活習慣病のリスクファクターの1つといわれます。しかし実は60代以上になると、この関連は希薄になり、体重と死亡率の関係はまったくみられなくなると専門家の間では言われています。図2は、各年代の“メタボ”と“非メタボ”の人の生存率を比べたものです。
aの“若い世代”では、心血管関連の生存率はメタボの方が年を追うごとに明らかに低くなりますが、60代以上ではメタボと非メタボの間で生存率(つまり、死亡率)はまったく違いがなくなることがわかります*2。
一見たっぷりと栄養を蓄えているように見える肥満患者の中には、実は必要な栄養素が足りず不健康な人が混ざっているためではないかと推測されます。
次項では、国の将来を揺るがしかねない、若い世代の栄養障害について取り上げます。
もっと知りたい方へ
今、厚生労働省が最も警鐘を鳴らすのは、20代女子の栄養障害です。若い世代の栄養不足が日本で深刻な課題となりつつあります。国の将来を担う世代に増える“新型栄養障害”。さらにそれが、大切な家族や子孫にまで影響することがわかってきました。
図3に示すように、身長に比して体重が低い(BMI値18.5kg/m2未満)女性は、全体の2割以上とされています*3,4。若い女性が栄養障害となるケースの多くは、不自然なダイエットのほか、間食を中心とした不規則な食生活、ファストフードへの偏り、日常のストレスなどが原因といわれています。脂肪摂取量が多く、炭水化物の摂取量が少ない、また同じ食品やファストフードばかりを食べるケースも同様のリスクがあります。高齢者の栄養障害と違うのは、カロリーは充足しているのにタンパク質やビタミン、ミネラルが不足するケースが多いこと。
恐ろしいことに、低栄養状態の女性が母親になると、そのお子さんの食生活にまで影響が及ぶことがあります。
図4を見てください。日本の出生時の平均体重は最近40年の間に男女とも200g減少し、低体重児(2,500g未満で生まれた子ども)の数は、平成25年には男児で8.5%、女児で10.7%まで増加と、約2倍にまで増加しています*4。普通、出生体重の平均値はその国の経済状況を反映しているといわれますが、経済的に恵まれた日本で低出生体重児の割合の異常に高い状態が続いている状況は、世界的にも特異な徴候のようです。
理由のひとつは、女性のやせ願望です。やせて妊娠すると早産や出生体重の低下が起こりやすくなります。もうひとつは、妊娠中のカロリー不足。ある研究結果では、妊婦さんの1日のエネルギー摂取量は全経過を通じて、1,600~1,700kcalに留まっていました。妊娠末期の必要なエネルギー量は1日約2,500kcalですので、驚くべき低栄養状態といえます。中には1,000kcalという、飢餓に近い人もいます。
ここ数十年の研究から、「低体重で生まれた子どもは、将来虚血性心疾患(心筋梗塞)、2型糖尿病、本態性高血圧、メタボリック症候群、脳梗塞、脂質異常症、精神発達異常、骨粗しょう症などの生活習慣病、閉経の早期化等の発症リスクが高くなる」ことがわかってきました*5。図5は、出生体重別に将来冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞)になるリスクを示しています。
4,000g以上で生まれる赤ちゃんのリスクを1とすると、2,500g以下で生まれる赤ちゃんが将来狭心症や心筋梗塞になるリスクは3.63倍ということになります(注:この調査の平均出生体重は3,456gで、日本人の平均出生体重より300-400g大きい)*6。
自身の食生活が大切な家族、そして日本の将来にまで関係することがおわかりいただけたと思います。今一度、見直してみることをお勧めします。
- *1
伊藤裕:日本臨牀,61(10),1837-1843,2003
- *2
Hildrum B. et al. Metabolic syndrome and risk of mortality in middle-aged versus elderly individuals: the Nord-Trøndelag Health Study (HUNT). Diabetologia (2009) 52:583–590
- *3
平成29年国民健康・栄養調査 結果の概要
- *4
厚生労働省:人口動態統計
- *5
de Boo HA et al,. Obstet Gynaecol, 46(1): 4-14, 2006
- *6
Eriksson, JG et al. Early growth and coronary heart disease in later life: longitudinal studyBMJ. 2001 Apr 21; 322(7292): 949–953.