Vol.42:寒い季節の入浴の効用とリスク
冬、温かいお風呂が恋しい季節となりました。今回のテーマは、入浴。はじめに、入浴好きの私たち日本人にとってありがたい研究結果を紹介します。一方で、間違った入浴は命取りになります。
「入浴の頻度が週7回以上の高齢者は、週2回以下しか入浴しない高齢者に比べて要介護認定リスクが約3割有意に低い」ことが明らかになりました*1。昨年11月に発表された日本老年学的評価研究(JAGES)プロジェクトです。1万3786人の要介護度を3年間追跡した結果、夏では入浴頻度が週に0~2回の群と比較して、週に7回以上入浴する群は、将来要介護認定されるリスクが28%減少しました。冬でも29%も減少したとのこと(図1)。以前、フィンランドの研究グループから「サウナ浴頻度が高いほど死亡率が低い」という報告*2がなされたことがありますが、1万人規模の報告はこれまでにはないとのことです。メカニズムとしては、脳への血行促進により抑うつや認知症を予防すること、入浴のリラックス効果により副交感神経優位となり良質な睡眠を促進しているなどが考えられます。入浴に伴う一連の動作と温熱刺激は一般的な運動と同様のトレーニング効果があり、高齢者の運動機能保持に一定の効果があるのではないかともいわれています。
入浴は、身体的な疲労と精神的な疲労のどちらに対しても効果があります。
- 疲労回復・ストレス発散
お湯に浸かることで緊張状態がとけ、副交感神経が優位になり、疲労回復が促進されます。
- 新陳代謝の改善
血行・発汗が促進され、新陳代謝が改善します。
- 冷え症の改善
ぬるめのお湯でじっくり芯から温め、体温そのものを上げることにより冷え性を改善します。
- 皮膚の乾燥
42℃を超える湯は肌の乾燥を強めるので40℃くらいの湯に10分程度浸かるようにします。湯あがり後のスキンケアは10分以内に行いましょう。
- 睡眠の質を高める
いったん深部体温を上げ、徐々に下げることにより、良質な睡眠へとつながります。
- 幸福感の増幅
幸福ホルモンともいわれるセロトニンが脳内から多く分泌され、幸福感を感じやすくなります。
入浴には多くの効用があり、心血管系の病気のある人にもぜひその恩恵にあずかってほしいと思います。ただし、熱い湯や長湯は心臓に負担をかけて、心事故を起こす原因にもなります。十分な注意が必要です。
- 入浴前に脱衣所や浴室を暖めましょう。
- 湯温は41度以下、湯に漬かる時間は10分までを目安にしましょう。
- 入浴の前後には、コップ一杯の水を飲みましょう。
- お湯に入る前には、かけ湯をしましょう
- 浴槽から急に立ち上がらないようにしましょう。
- アルコールが抜けないうち、また、食後すぐの入浴は控えましょう。
- 入浴する前に同居者に一声掛けて、見回ってもらいましょう。
次項では、入浴時に気を付けなければならない“ヒートショック”と“入浴中熱中症”について考えてみましょう。
もっと知りたい方へ
入浴は私たち日本人の古くからの習慣。でも、誤った入浴は命にかかわる事故に繋がります。
消費者庁は「冬場に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!」というニュース・リリースを公開しました*3。厚生労働省の人口動態統計による家庭の浴槽での溺死者数は、平成26年に4,866 人で、平成16年と比較し10年間で約1.7 倍に増加しました。このうち約9割が65歳以上の高齢者で、特に75歳以上の年齢層で増加しています(図2)。入浴中の死亡事故は年間1万9千件、なんと交通事故の約4倍*3。冬季に多く、12月から2月にかけて全体の約5割が発生しています(図3)*4。入浴関連事故の主な原因は、「ヒートショック」と「浴室内熱中症」です。
暖かい部屋から寒い部屋への移動などによる急激な温度変化によって、血圧が上下に大きく変動して、からだに大きな負担をかける現象です。暖かい部屋から寒い廊下などに出て“ゾクッ”とした経験ありますよね。このとき、“プチ・ヒートショック”になっているかもしれません。
図4は、温かい浴室(23℃)と寒い浴室(10℃)とで、脱衣から入浴後までの血圧の変動を比べたものです。寒い浴室(青線)では、温かい浴室(赤線)よりも血圧がジェットコースターのように急激に上がったり下がったりするのがわかります*5。温度差が引き金となり血圧の急激な変化が起こり、脳出血や脳梗塞・心筋梗塞を起こしやすくなります。この現象は、次のような人により起こりやすいと言われています。
- 1.65歳以上(特に75歳以上)
- 2.喫煙者
- 3.狭心症、心筋梗塞、脳出血、脳梗塞などの病歴がある
- 4.不整脈、高血圧、糖尿病の持病がある
- 5.飲酒直後や食事の直後、薬を飲んだ直後に入浴する習慣がある
- 6.熱い湯(42℃以上)に、首まで長くつかるのが好き
また、冬場は浴室・脱衣所・トイレが極端に寒い家や、タイル張りで窓があり寒い浴室の家に住んでいる人、居間と浴室、トイレなどが離れている家に住んでいる人は、要注意です。
浴室内熱中症とは、気づかないうちに体温が上がって熱中症状態におちいることです。長湯をしている間に、ふと気が付いたらうたた寝していた、という経験はありませんか。もしかしたらこれは、居眠りではなく“熱中症による意識の低下”だったかもしれません。万が一意識の低下が遷延した場合、溺れてしまうこともあります。夏の地上での熱中症以上に、非常に危険な状態といえます。
ヒートショック対策には、部屋の温度差を少なくすることがポイントです。脱衣所は前もって暖めておくことにより、浴室との温度差が小さくなります。また、浴槽の温度も熱すぎないようにすることです。逆にぬるめのお湯は血圧の変動が少ないので、ヒートショックを起こしにくくなります。また、脱水を防ぐため、入浴前後にはコップ1杯の水を飲みましょう。
私たち日本人にとって、入浴は先祖から引き継いだ大切な習慣ともいえます。健康長寿のために、ぜひ上手に活用しましょう。
- *1
Yagi A, et al. Bathing Frequency and Onset of Functional Disability among Japanese Older Adults: A Prospective 3-year Cohort Study from the JAGES. J Epidemiol. 2018 Oct 27.
- *2
Laukkanen, T et al. Association between sauna bathing and fatal cardiovascular and all-cause mortality events. JAMA Intern Med. 2015 Apr;175(4):542-8.
- *3
消費者庁 平成28年1月プレスリリース
- *4
東京都福祉保健局東京都監察医務院ホームページ
- *5
Kanda K, et al. Effects of the Thermal Conditions of the Dressing Room and Bathroom on Physiological Responses during Bathing. Appl Human Sci. 1996 Jan;15(1):19-24.