Vol.41:真面目な人ほど陥りやすい!?
「オーバートレーニング症候群」に気を付けて!
今回のテーマは、“オーバートレーニング症候群”。「過剰なトレーニングの繰り返しでパフォーマンスが低下し,容易に快復しなくなった慢性疲労状態」を指します*1。パフォーマンスの低下は容易に改善されず、その回復には数週間から,重症例では数ヶ月かかるとも言われています。厳しいトレーニングをこなすほど体力がつくと思っているアナタ、実はこれは大きな誤り。また風邪などで少々体調が悪くてもトレーニングを欠かさない、というアナタも、“予備軍”かもしれません。
これは、何も健常者やスポーツ選手に限ったことではありません。実は、病気や手術のあと、これに近い状態に陥ってかえって回復を遅らせてしまうケースが少なくありません。
トレーニングは、日常の身体活動のレベルより少し大きな負荷の運動をすることによって効果が得られます。ただし、自身の体力に見合わない過剰な負荷を続けると、かえって効果が低下してしまうことがあります。このような状態を、オーバートレーニング症候群といいます。図1に、オーバートレーニング症候群の経過を並べてみました。
初期にはまず記録の伸び悩みやパフォーマンスの低下を感じるようになります。続いてからだの不調がつづき、軽いトレーニングでも疲れがたまるようになり、からだが思うように動かない状態を自覚し始めます。さらにこの状態が続くと、全身倦怠感や睡眠障害・食欲不振・体重の減少・集中力の欠如・安静時の心拍数や血圧の上昇など、身体的疲労の症状がみられます。特に、起床時の心拍数が増加するといわれており、オーバートレーニング症候群を早期発見する目安となります。しまいには、気持ちが落ち込んで活気がなくなり、精神的なダメージ(精神的疲労)にまで進行することがあります*2。
筋肉組織の損傷など運動器の障害によるパフォーマンスの低下だけではありません。肉体的・精神的ストレスにより、視床下部や脳下垂体から分泌されるホルモンのバランスが崩れること、また休養が取れないことによる自律神経のバランスの不調が関係していると思われます。
発端は、運動中の筋肉のエネルギー代謝効率が悪化することにより、筋肉が障害されることです。次に、循環動態や呼吸、血管内皮などの機能低下などにより息切れ、動機、めまい、疲労感などが出現します。さらに免疫機能の低下(風邪が治りにくいなど)、自律神経系の不調(立ち眩みなど)、ホルモンバランスの障害など多彩な障害が見られるようになります。より進行すると、不眠や抑うつ状態など、メンタルの不調も出現します。重症になるほどトレーニングの減量・中止期間がのび、競技復帰が不可能になることもあります。早期に発見し対応することが必要です。
練習熱心で休めない人が陥りやすい症候群です。特に、責任感が強すぎたり、真面目すぎたりする人は以下の 1~3 に注意。
- 運動と休養と栄養のバランスを保ってトレーニングを行うこと。“回復”の時間を必ずトレーニングとセットにしてとらえることです。適度な休養と栄養補給を心がけ、ストレスを溜めすぎないように適宜、発散することも大切です。
- 普段から自分の体調をチェックする習慣を持つこと。平常状態を知らなければ、異常を検出することは困難だからです。
- パフォーマンスの低下の原因をトレーニング不足だと安易に考えないこと。逆に、トレーニングのやり過ぎではないかと疑うことも必要です。
“オーバートレーニング”になっているかどうかは能力や経験、性格など本人の特性だけでなく、気候など外的環境も関連し、それが、診断の遅れにつながる理由の一つです。オーバートレーニング症候群の評価には“POMS”という心理テストなどが用いられます*3。
オーバートレーニング症候群になってしまったら、回復するには休息以外に方法はありません。その期間は数か月から年単位に渡ることもあり、そうなる前に予防が大切なのです。
表1にオーバートレーニング症候群のセルフチェックリストを掲載しました。ぜひ自身を振り返ってみてください。
もっと知りたい方へ
Sさんは、65歳の男性。40代まで草野球チームで汗を流していた、元スポーツマンです。最近2階まで上がると動悸、息切れが生じるようになり、ハートセンターを訪れました。検査の結果は高度の弁膜症で、Sさんは手術(僧帽弁形成術)を受けました。術後経過はすこぶる順調。1日も早く体力を回復したいと、Sさんは退院翌日から毎日欠かさず10,000歩歩き、翌週には週4日のスポーツジム通いも再開しました。
さて1か月後、Sさんの主治医が見たのは、NT-proBNP値(心不全の指標となる数値)が3倍に跳ね上がった採血結果でした。本人もどことなく元気がなく、むしろ退院時よりも活力が落ちたように感じています。このあと、Sさんは精神的にも落ち込んで、自宅に引きこもってしまいました。
心臓の手術後、全身状態が本当に回復するのに、通常は少なくとも2-3か月かかります。回復過程に応じて活動度を上げていくべきでしたが、Sさんは焦りが先に立ってしまいました。まさに典型的なオーバートレーニング症候群です。幸いご家族の支援があって、Sさんは心臓リハビリテーションに通い、体力や筋力、栄養状態を定期的に測定しながら運動を続け、半年後には心身ともに手術前以上に元気になりました。
Sさんは「無鉄砲」?それとも、「明日のわが身」?実は、少し状態が改善しただけで職場、家庭、ボランティア、サークルなどでの活動にフルに打ち込み始めてしまう心臓病の患者さんを、私たち医療者はしばしば目にします。若いころには人より体力があったと自負する人や、現役バリバリの人ほどその傾向があります。慢性疲労の状態から抜け出せなくなると、Sさんのようにうつ状態にまで陥る恐れもあります。次のような方は、要注意。
- 1.病気になる前と同じかそれ以上の活動に打ち込んでしまいたくなる
- 2.十分な栄養を摂らずに、また疲労が蓄積したままフル活動してしまう
- 3.風邪をひいたりけがをした後、治りきらないうちに運動や活動を再開してしまう
病気や手術のあとは、どんな人でも一時的にせよ低栄養状態、低体力状態となっています。また、高齢化に伴い、体力がない人の割合も増えてきます。体力がない人にとっては、普通の人が行うトレーニングでも“オーバートレーニング”状態になります。こんな時必要なのは、まず栄養の充足、“適度な”運動、そして休養です。人と比べてはいけません。“現時点での自分自身の状態を正確に把握し、それに見合った活動を積み重ねて体力をつけていく”ことが肝心です。“汝自身を知れ!”というソクラテスの言葉がまさに当てはまります。
図2の左側がパフォーマンスを下げる人、右側が上げる人のやり方です。右側には、栄養補給と休養がしっかり入っていることを覚えておいてください。
前回のコラムで、体力には“行動体力”と“防衛体力”があるというお話をしました*4,*5。近年、適度な活動やトレーニングによって免疫系や自律神経系などの調節機能が高まり、“防衛体力”が改善することがわかってきました。一方で、“防衛体力”の改善が全身持久力や筋力などの“行動体力”も改善すると言われています。スポーツに例えれば、“行動体力”は“オフェンス力”であるのに対し、“防衛体力”は、“ディフェンス力”。どちらが弱くても、強いからだを作ることはできません。特に高齢者や運動機能の低下した者にとっては、“行動体力”を高めるトレーニングを行うにも、まずは“防衛体力”というディフェンスを強くすることが大切です。逆に、防衛体力がしっかりしている者はそれだけ筋力や持久力のトレーニングも安心して行うことができます。結果的に健康寿命の延伸に大きく貢献するものと考えられます。
- *1
厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイトe‐ヘルスネット
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-016.html - *2
「女性アスリートのコンディショニングと栄養」
http://www.waseda.jp/prj-female-ath/ - *3
Yoshihara, K et al. Profile of mood states and stress-related biochemical indices in long-term yoga practitioners. Bio Psycho Social Medicine volume 5, Article number: 6 (2011)
- *4
猪飼道夫等編 体力と身体適正 体育科学辞典 第一法規出版 1970. p100
- *5
文部化学省ホームページ:2 体力の意義と求められる体力
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/gijiroku/attach/1344532.htm