Vol.34:あらゆる心臓病の行きつくところ“心不全”
陥らない 悪化させない その予防法
「心不全パンデミック」。今、循環器医師の間で最も危機感を持たれる問題のひとつです。
パンデミックとは、世界的な感染の流行を表す用語です。心不全はうつる病気ではありませんが、まるで伝染病のように心不全患者が増えていることを例えている言葉です。日本の人口は現在減少に転じていますが、心不全患者数は未だ増えている状況です。
図1を見てください。心不全は発症すると、回復した後にもいろいろなきっかけでまた一時的に悪化することがあります。回復しても、同じレベルまでは戻らないこともしばしば。このため、できる限り早い段階で“急性増悪”を防ぐことが重要なのです。こうしたことを踏まえて、最近では、明らかな症状や兆候が出る以前から早期に“予防”ないし“治療”を始めることの有用性が確認されています*1*2。
心不全は4段階にステージ分類がなされています。図2にその概要をまとめています。この分類の特徴は、まだ病気の徴候がなくても「リスクだけは有する」、というレベルから始まっているという点です。
- ステージAは、心不全の徴候も心臓の病気もないが、将来発症するリスクがあるレベル
- ステージBは心臓の病気はあるが、心不全の症状はまだ出ていないというレベル
- 心不全が発症してからのステージC、Dのうち、Cは内服治療などでコントロールできるもの、Dは難治性の心不全であり、補助心臓装置や心臓移植といった特殊な治療の導入を検討する段階
心不全ステージは一方通行です。一度ステージが進んでしまったら、元に戻すことは困難です。最も大切なことは、“進行させない”ということ。
心臓リハビリテーションは、心不全の進行を遅らせる有効な治療法として実証された包括的プログラムです。ハートセンターの通院心リハでは,医師・看護師・理学療法士・管理栄養士らからなる多職種チームが、患者さま1人1人に合った心不全の悪化を阻止するための具体的な治療プランを組み立て、提案します。様々な専門職の視点から、1人1人に合ったプログラムを提案するため、より効率的・効果的に心不全の疾病管理を行うことができます。内容は、
- 体力や体調に合わせて週1~3回の運動療法を継続します。
- 心不全の病態や治療に関する知識や自己管理を指導します。
- 様々な観点からの食事や生活習慣のアドバイスをします。
- 異常があれば自ら早期発見するための“セルフチェック”のアドバイスをします。
- 様々な薬剤を使っても治りにくい、末期心不全の段階で、症例によっては補助人工心臓や心移植を考慮する段階となります。また、全身的な苦痛が生じる場合は、緩和ケアが必要となる場合もあります。
もっと知りたい方へ
心不全とは、心臓の主機能のなんらかの障害が生じた結果、全身の臓器のはたらきや調節の機構が破綻する状況のことを指し、厳密には“病名”ではありません。心不全とは,心臓が悪いために,息切れやむくみが起こり,だんだん悪くなり,生命を縮める病態です。通常、心筋梗塞や心筋症など、何らかの基礎心疾患が隠れています。
日本循環器学会と日本心不全学会は最近、合同で新しい診療ガイドラインを作成しました*2。心不全の症状がある患者だけでなく、“発症前だがリスクがある段階”から、心不全の進行を防ごうというのが狙いです(図3)。
具体的な器質的心疾患も心不全の症状もないけれど、高血圧、糖尿病、肥満などのリスク因子が存在する状態です。リスク因子をできる限り除去し、病気を発症させないことが重要です。
実際の病気(器質性心疾患)を伴います。とはいえ、この段階では、心不全の症状はあらわれません。病気をしっかり治療し、心不全の状態に進ませないことが大切です。
心不全に特徴的な症状があらわれます。慢性的に心臓に負荷がかかる状態が続き、時には浮腫みなどの体液貯留をきたし、息切れや動悸などが出現し始めます。急性増悪を繰り返しやすくなります。
様々な薬剤を使っても治りにくい、末期心不全の段階で、症例によっては補助人工心臓や心移植を考慮する段階となります。また、全身的な苦痛が生じる場合は、緩和ケアが必要となる場合もあります。
心不全では、ステージを上げないことが何より重要なことです。図3のように段階的に心不全の状態を判定し、それに見合った治療目標を定めます。 以下は、ハートセンターからお伝えしている生活習慣のアドバイスです。
- 1. 必要な薬は欠かさない
“リスクステージ”の場合は高血圧や高血糖など、リスク因子をできる限り除去することが必要です。また、心不全ステージや病態に応じて、治療薬が処方されます。
- 2. 社会や仕事・日常生活における適度な活動
可能であれば運動能力に応じた仕事を続けることを推奨します。ただし、病態や症状に合わせた就労環境の調整が大切です。
- 3. 塩分・水分管理
軽症の慢性心不全では、水分制限は不要です。高齢者の場合は、口喝中枢の機能が低下することを考慮し、むしろ意識して水分を摂る必要があります。一方、重症心不全で一時的なむくみや体重増加、息切れなどが生じた場合は、水分制限が必要です。
- 4. 栄養管理
低栄養状態は、臓器のはたらきの低下、免疫力の低下や自律神経、ホルモンバランスの低下などを引き起こします。
- 5. 旅行
重症心不全患者さんでは、高地など空気の薄いところでは健常者よりも遙かに肺内での酸素飽和度が落ち、低酸素状態に陥りやすいと言われています。特に国際線など長時間のフライトはお勧めできません。
- 6. 感染予防とワクチン接種
呼吸器系感染症は心不全増悪のリスクになります。まずは、風邪を引かないこと!また、ワクチンの予防接種は可能な限り受けましょう。
- 7. 禁煙・飲酒
喫煙はあらゆる心疾患の危険因子であり、心不全患者では禁煙により死亡率や再入院率が減少すると言われています。禁煙をお願いします。
- 8. 入浴
熱いお湯は交感神経緊張をもたらし心臓に負荷をかけます。また心内圧を上昇させることから、温度は40~41°Cくらいで、時間は10分以内がよいとされます。
- 9. 適度な運動
適度な運動は、体力を増進させ、日常生活中の症状を改善し、QOLを高めることが明らかとなっています。血管内皮機能の改善、自律神経機能の安定化など運動器以外の効用も実証されています。自身の体力や体調に見合ったレベルでの運動の継続が推奨されています。
- *1
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008−2009年度合同研究班報告):循環器疾患における末期医療に関する提言
- *2
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)http://www.ncvc.go.jp/pr/release/003108.html