Vol.14:アナタのその息切れはどこから…?
- 心不全
心不全とは、からだの中枢ポンプである心臓が、からだの要求するはたらきに十分応えられないことです。心臓本体、つまりポンプそのものの病気(心筋梗塞、弁膜症、心筋症など)は、息切れの大きな原因のひとつです。
- 呼吸不全
呼吸不全とは、酸素を体内に取り込んで、二酸化炭素を対外に排出するはたらきが落ちること。肺でのガス交換がうまくいかず、酸素不足になります。COPD、肺炎、気管支炎などが原因です。
- 高度の貧血
血液中には、酸素をからだの隅々まで運搬する運搬係である赤血球がいます。赤血球中の“ヘモグロビン”が足りなくなるなどして、運搬の仕事がうまくいかなくなるのが“貧血”です。いわば“物流”が途絶えてしまうため、からだ中で酸素の供給がおいつかず、息切れが生じます。また腎臓は尿を作り出して排泄するだけでなく、体内の調節を行う様々な物質を分泌しています。エリスロポエチンはそのひとつで、これが不足すると、赤血球の産生がうまくいかず貧血を引き起こします(腎性貧血)。貧血がひどくなると、息切れの原因となります。
- 自律神経の乱れ
自律神経には、循環や呼吸のはたらきを活発にして活動モードにする“交感神経”と、からだをリラックスモードにする“副交感神経”があり、互いにバランスを保っています。このうち交感神経のはたらきが過度に活発になると、呼吸が速くなり、息切れを感じることがあります。
- 最近増えている、“かくれ心不全”
運動不足を侮ってはいけません。“ふくらはぎは第2の心臓”という言葉、以前もこのコラムで紹介しました。筋肉は収縮することによって血液を循環させるポンプのはたらきがあります。筋力が弱いと、中枢ポンプである心臓に負担をかけやすくなります。実際に、太ももの筋力が弱い人ほど心疾患のリスクが増大したり、寿命が低下したりすることが知られています*1*2。また、呼吸をするときには、肺を膨らませるための胸の筋肉や横隔膜など、“呼吸筋”と呼ばれる筋肉群を使っています。呼吸筋が弱くなると、スムーズな呼吸が妨げられ、息切れが出現しやすくなります。
- いくつかある、息切れの原因
大きな病気や怪我、手術などを経験すると、全身の筋肉が消耗します。アスリートでも、怪我で長期間トレーニングから遠ざかると筋肉が落ちますが、もともと筋肉が少ない高齢者や慢性疾患の患者さんでは、ダメージはさらにてきめんです。
- 無理なダイエットによる筋力低下
病気や怪我に加え、最近懸念されているのが、過激なダイエットによる急激な減量です。特に20代女性には痩せたい願望が高じて栄養不足となっている人もいて、年を取って体力が落ちたとき、筋力の低下が心肺機能の低下に繋がるのではないかと、厚生労働省も警鐘を鳴らしています。
息切れの原因として“かくれ心不全”が近年注目されています。安静時の検査では一見正常な心機能を示すことが多く「運動不足」と片付けられることも少なくありません。しかし、運動時には同世代と比べ明らかに持久力がなかったり、息切れが早期に出現したりします。 血液検査では“BNP”あるいは”NT-pro BNP”がしばしば高値を示しています。また、確実に診断するには実際に運動して心肺機能を測定する検査(心肺運動負荷試験)を行います。
“もっと知りたい方へ”でより詳しく説明していますので、興味のある方は是非お読みください。
もっと知りたい方へ
人が活動するときの動力源(燃料)は、筋肉の細胞内にある“ATP”という物質です。ATPという燃料は、溜めておくことができません。図1で示したように、動かす筋肉の中で瞬時に作られ、消費されるものです。ATPを作るところが、筋肉の細胞内にあるミトコンドリアという小さな器官です。ミトコンドリアは、さながらATP製造工場。そして、ミトコンドリアでATPを作り出すときに必ず必要な物質が、酸素です。運動が強くなるということは、いわば工場での製造の需要がどんどん高まることであり、運動が続く限りどんどん酸素を取り込むことが必要です。
心肺機能の強い人、持久力やスタミナが優れている人は、ATPを効率よく作り出し、枯渇させることなく燃やすことができる人です。体内における酸素の摂取・消費量を測ると、その人の運動に対する強さを知ることができます。
有酸素運動=ウォーキングと思っている方もいるかもしれません。しかし、有酸素運動とは、本来「酸素を筋肉の細胞にたっぷり取り込んで行う運動」のこと。つまり、それくらい“余裕のある”レベルの運動です。水泳、ランニング、球技など、ジャンルは問いません。図2を見てください。酸素がたっぷりあるときには、筋肉は余裕をもってミトコンドリア内でATPを作り出すことができます。有酸素運動のレベルは人によって、またそのときのコンディションによって変わります。有酸素運動の範囲であれば、心臓やからだ全体に大きな負担をかけることなく、効果的な運動ができます。従って、特に心臓に病気のある方には、日常の活動や運動は必ず「有酸素運動のレベルで行ってください」とお伝えします。
強い運動の際に筋肉への酸素の供給が追い付かなくなると、からだはエネルギーを作る方法をがらっと変更し、酸素が少なくても運動できる、いわゆる“省エネモード”で運動を続けようとします。これが“無酸素運動”です(図3)。この時点ではまだ自覚症状はありません。無酸素運動になると、ミトコンドリアではなくその外側の細胞質でATPを作りますが、このモードだと有酸素運動のときよりずっと少ないATPしか作ることができず、効率が悪い上、心臓やからだに負担をかけやすくなります。このため、高齢者や心肺機能の低下した方には無酸素運動は勧められません。
さらに運動が強くなって省エネモードでも酸素が追い付かなくなると、呼吸を速く浅くすることにより、無理やり酸素を取り込もうとします。これが、息切れの本態です。
「私の体力は、富士山に登れるレベルなのでしょうか?」「マラソンに出場してもいいでしょうか」日々の診療で、このような質問を受けることがあります。自分の体力はどのレベルなのか?
活動中に起こっている状態をダイナミックかつ客観的に把握できる唯一の検査が、“心肺運動負荷試験(CPX)”(図4)。この検査の目的は、「運動耐容能、つまり体力(持久力、スタミナ)の限界を測ること」、そして「日常のトレーニングに適した運動のレベルを測ること」です。安静時の方法ではなかなか証明できない“かくれ心不全”も診断できます。
細胞内への酸素の取り込み方を測ると、その人の運動に対する強さを知ることができます。この検査では、心臓や肺だけでなく、末梢組織でのエネルギー代謝の動向を測ることにより、自転車を漕いだり歩行したりする運動を限界まで続けます。心電図や血圧のほか専用のマスクを装着して呼吸の状態もモニターし、からだで活動中に起こっていることを“客観的数値”で計測します。
体力の限界を測定し、病態に即した日々の活動レベルを把握することは、むしろ心肺機能に不安がある患者さんにこそ有用であると言えます。興味のある方は、ハートセンターの外来にてご相談ください。
- *1
Belardinelli, JACC Vol. 60, No. 16, 2012
- *2
Kamiya et al. Am J Med. 2015