Vol.11:自律神経と心臓の関係
動悸、息切れ、血圧上昇、食欲低下、発汗、下痢・・・。
慣れない結婚式のスピーチ、大事な商談や試験前などに、誰でも経験したことのある症状ですね。勇気を持って告白した相手に断られたりしたら、緊張のあまり筋肉が硬直し、あとでぐったり消耗してしまうことも。
実はこれ、ハートセンターなど循環器科の外来でよく聞かれる症状です。知らず知らずのうちに疲労がたまっているのに気づかず、私って心臓が悪いのかしら?と不安になり、検査に訪れます。実は、心臓病と不安や緊張時の症状のメカニズムには共通点があります。
それは、「自律神経の乱れ」です。
自律神経には、からだを活動モードにする「交感神経」と、休養・回復モードにする「副交感神経」の2種類があります。この2つは“アクセル”と“ブレーキ”の関係にあり、状況に応じてどちらかが優位になり、からだのあらゆるはたらきをコントロールしています(図1)。
太古の昔は、狩りや戦い、危機からの脱出など、生命に直結する事態が多く、そんなときに交感神経が瞬時に活性化されました。現在では、気合いを入れて仕事をしようとするとき、スポーツなどで勝負に出るとき、トラブル回避の際などには、交感神経が優位となり、血液循環や代謝を上げて活動性を高めます。
どんな人も、活動しっぱなしというわけにはいかず、活動性を下げて回復モードになる時間が必要です。副交感神経は、からだの各部分の活動性を下げ、次の活動に備えて回復、修復させるために働きます。食事中、食後、 心身ともにリラックスしているとき、寝ているときには、副交感神経が優位にはたらいて、回復優先モードになっています。
ふたつの自律神経活性は全身にくまなくはたらき、図2のやじろべえのように正反対のはたらきかけをします。自分の意思が関与せずにはたらくため、自律神経(autonomic nerve)とよばれます。たとえば、激しい運動をしている最中には、心臓の拍動数が早くなり、汗が分泌されます。これらはからだの求めに応じて交感神経がもたらしているものです。
一方、おいしいものを前にしたときは、通常気分を落ち着かせています。食物の消化に必要な消化管の機能が活発になっている状態で、逆に心臓の機能は抑制され脈拍は緩やかになっています。また入浴中や睡眠中なども通常リラックスした状態です。このように、副交感神経は栄養を摂取したりからだのメンテナンスを行なったりするときに活発にはたらきます。
わたしたちのからだは、相当なストレスにまで耐えられるようにできています。しかし、限界を超えたストレスや睡眠不足、疲労にみまわれると、アクセルが暴走するように、自律神経のバランスの乱れが生じます。たとえば、不眠不休ではたらいていると、脈拍や血圧が変動したり呼吸が速くなったりするだけでなく、副交感神経を抑制して食欲低下や疲労回復の遅れに繋がります。これが高じると“自律神経失調状態”といわれるものになります。さらに進行すると、運動能力が落ちたり、代謝や免疫力が落ちて様々な障害を生じたり、抑うつに繋がったりすることがあります。特に心臓病の患者さんは、病気と戦っている状態であることから、交感神経の活性が亢進していることがよくあります。
では、具体的にどのような習慣が、自律神経の安定化に繋がるのでしょうか。「もっと知りたい方へ」で解説します。
もっと知りたい方へ
自律神経は、脳の視床下部という場所でコントロールされており、自身の意志によりはたらかせることができない神経です。表1に、交感神経が過度に活性化されたときの症状をまとめました。 全身の組織や器官を支配しているため、症状がからだのどこに出てもおかしくありません。特に心臓がドキドキする、息苦しくなる、疲れやすい、呼吸が速くなる、汗が出やすい、筋肉が硬直し、痛みや張り感を自覚する、などがよく聞かれる症状です。心臓や肺の症状に似ているため、心配してハートセンターを受診する人も少なくありません。一方で、心臓病の患者さんは交感神経が過活性の状態であることが多いのも事実です。
「やりたくないけど、仕事だから続ける」など、自身の本能や感情を理性によって抑えられると、本能を司る大脳辺縁系と理性を司る大脳皮質の間でねじれ状態となります。そのような状態が続くと、交感神経が常に興奮したままの状態となり、副交感神経が抑制されて、リラックス、回復モードになれなくなります。
人体は通常、日中活動し、夜間に休息するよう“プログラム”されています。夜更かしをする人は、視床下部の機能が乱れ、リズムが崩れてしまいます。また睡眠不足が続くと、成長ホルモンやインスリン、食欲制御ホルモン、そしてストレスホルモンと呼ばれるステロイドホルモンなどのバランスが乱れます。これがさらに自律神経の乱れを増悪させ、悪循環に陥ります。
ほとんど1日中動かない“不活動”の状態が続くと、交感神経活性は低下します。いざ動こうとしても “アクセル”が作動せず、“ブレーキ”がかかった状態でからだが重く、だるさが出やすくなります。また、末梢循環や代謝機能、免疫機能など、からだの細部でのはたらきも低下します。
逆に、自身の体力を超えた“過活動”の状態が続いても、当然心身のストレスは増してきます。真面目な頑張り屋さんほど、気づかないまま交感神経優位の状態に・・・まさに“ブレーキが利かない、アクセル暴走状態”ですね。
図3は、交感神経と副交感神経のバランスを示したものです。
不活動では交感神経がはたらかず活動性が落ち、逆に過度に頑張りすぎると、癒しの神経である副交感神経が抑制されて、消耗が激しくなるばかりです。これに対し、適度な運動は、程よく交感神経を活性化させつつ、副交感神経のもつ回復モードを呼び覚まします。適度な運動とは、大まかに言うと、“全力”の4-6割ほどの運動、週3-4回程度にあたります。本格的な運動経験がない人であれば、全力疾走よりは30分程度、5000-8000歩程度のウォーキングか軽いジョギングがよいでしょう。筋肉が少ない、または弱い人には、ぜひとも筋力トレーニングをお勧めします。スポーツセンターなどでマシンを使う場合は、自分で動かせるマックスの重さの半分以下で行いましょう。いずれにせよ大切なのは“適度”そして“継続すること”です。
本来、消化・吸収は副交感神経優位のものですが、忙しく流し込むだけの食事は、むしろ交感神経を優位にしてしまいます。食事はリラックスして、楽しんでいただきましょう。
副交感神経を活性化させて睡眠の質を上げ、回復モードを高めるには、就寝前のストレッチが有効です。さらに、入浴の習慣も大切です。ぜひシャワーだけでなく、湯船に入りましょう。
心臓が心配だけれど、運動習慣をつけてライフスタイルを変えたい、と望む人も増えています。そんな方のために、“名古屋ハートセンター"、“豊橋ハートセンター"、“岐阜ハートセンターでは、安静時だけでなく運動時の心肺機能を測定する検査(心肺運動負荷試験)も実施しています。また、心臓リハビリテーション部門では、心臓病の患者さん向けに、1人1人の体力や病態を踏まえたうえで、通院による運動療法やライフスタイルに関する個別カウンセリングを実施しています(健康保険も適応されます)。ご興味がおありの方は、ぜひハートセンター外来でご相談ください。