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VOL.21

Vol.21:“貯筋”のススメ
心臓を助ける補助ポンプ “筋肉”はこうして減っていく

筋肉は、心臓のポンプの代わりに局所から血液を心臓に戻す補助ポンプのはたらきをします。「ふくらはぎは第2の心臓」という言葉は、以前"コラムVol.9(2017年2月号)"でもご紹介しました。太腿の筋肉が弱い人ほど、心血管系の死亡リスクが高くなることも分かっています1)(コラムVol.2(2016年7月号))。

何もしなければ、筋肉は日々失われていく

ヒトの筋肉は、30代を過ぎる頃から年に1%ずつ減少していくといわれています。図1をみてください。筋肉は何もしなければ、50代では30代の20%、70代では実に40%も失われて行く計算になります*2。筋肉が減る理由は、主に以下のようなことです。

筋肉合成が減る(同化作用の低下)

タンパク質などの摂取が減るだけでなく、栄養を筋肉に変える合成作用が衰えます。

筋肉の分解、損傷が起こりやすくなる(異化作用の亢進)

病気や怪我によりからだのどこかが悪くなると、体内での炎症性物質の増加、交感神経活性の亢進、ホルモンバランス悪化などが起こり、局所だけでなく全身の筋肉が消耗します。

運動機能の障害が心臓に負担をかけることは、循環器専門医の間で最近特に懸念されています。

筋肉が減ると、全身に負担が及ぶ

筋肉の減少は、単に運動機能にとどまらず、全身に大きな影響を及ぼします。

活動性低下、運動耐容能が低下する

からだを動かさないことで、運動への適応が悪くなり、活動性が低下します。少しの動作でも息切れがしやすくなったり、負傷しやすくなったりします。

心臓に負担がかかり、心不全を引き起こす

“補助ポンプ”である骨格筋ポンプが働かず、心臓だけが血液循環に携わるため、その分心臓の負担が増大します。

基礎代謝が下がる

筋肉は大量のエネルギーを消費し、熱も発生させます。筋肉が減ると、脂肪が燃えにくくなり、冷え性が酷くなります。

免疫力が低下、ホルモンや自律神経のバランスが悪化する

免疫力が低下し風邪を引きやすくなるほか、インスリンなど代謝に関わるホルモンのバランスも悪くなり、血糖の異常が起きやすくなります。環境の変化に適応しきれず、癌にかかりやすくなることも知られています。ストレスに弱くなり、うつ病や認知機能低下の原因になるともいわれています。

その他、認知機能の低下に繋がることも指摘されており、筋肉の減少は、単に運動機能にとどまらず、全身に大きな影響を及ぼします。

身体機能の低下は、心臓血管系のリスクに繋がる

専門医の間では、心疾患と“身体的虚弱”、いわゆる“フレイルティ”との関係に注目が集まっています。次の5項目のうち3項目が当てはまると、フレイルティの可能性が高くなります*3

フレイルティの項目
  1. 1.低いエネルギー消費
  2. 2.疲弊
  3. 3.遅い歩行速度
  4. 4.虚弱状態
  5. 5.理由のない体重増加

図2は、健康な人がある時点で虚弱状態になった場合に、将来的に心血管リスクがどのように変わるかを表した研究結果です。もともと虚弱状態や障害のない65~96歳の高齢者1,567人を平均4.4年間追跡したところ、そのうち551人で心血管疾患を発症、途中で上記1、2、3のいずれかの要件が一つ多く加わると、それだけ心血管疾患の発症リスクを有意に高めることがわかりました*4。老化現象は避けて通れないものですが、筋肉を少しでもいい状態に保つことが、健康寿命増進のコツといえるでしょう。

もっと知りたい方へ

自己流で頑張っていませんか?貯筋するなら、正しい順序で!

筋肉はどのような過程を経て失われるのでしょうか?

ヒトが動く時のエネルギー源とは

まず、お金や財産に置き換えて考えてみましょう。図3aを見てください。

少額の支払いであれば、まず財布にある現金を使って支払います。もっと多くのお金が必要な時は、定期預金を取り崩して支払います。それでも足りなければ、家や土地などの固定資産を現金に換えて支払います。

運動や生活動作を行うときに費やすエネルギーも、同じように考えることができます。図3bを見てください。まず使うのは、肝臓や筋肉に蓄えられたグリコーゲンなどの糖質です。糖質は直ちに燃やすことができるエネルギー源で、とっさの運動に対応することができますが、体内にはおよそ1日分しかないため、すぐに底をついてしまいます。次に使われるのが、皮下脂肪や内臓脂肪などの体脂肪です。体脂肪はおよそ1ヶ月分のエネルギー源に相当します。体脂肪は“不足の事態に備えて蓄えられた備蓄”であり、簡単に使いきっては困るもの(それゆえ体脂肪は燃やすのが一苦労なのです!)。しかし、備蓄されていた糖質、体脂肪が底をつくほど体力の消耗が起こると、やがては筋肉を取り壊すようになります。筋肉は、財産に例えると“固定資産”のようなものです。

筋肉はこうして減っていく

加齢とともに機能の衰え、組織の損傷が起こりやすくなり、修復、維持のためにより多くのエネルギーを消費するようになります。様々な病原体や有害な物質による組織の傷害も生じるようになります。食事量が減る一方で、やがて筋肉の減少が少しずつ進むようになります。大きな病気や大手術、不慮の事故や飢餓状態など、からだの有事には筋肉の減少はより急速に進行します(図3b)。

貯筋するには、正しい順序があります

正しい順序で行えば、80歳代でも筋肉を増やすことはできます。ただし、筋肉を貯めるためには、順序が非常に大切です。図4に示しました。

  1. 1.タンパク質など、筋肉の元になる栄養の補給
  2. 2.筋力を育てるための“レジスタンス運動(筋トレ)”
  3. 3.筋肉を使いこなすための“有酸素運動”
  4. 4.疲労を回復させ、筋肉を育てる、適切な休養

心血管疾患のある方にとっても、運動は非常に重要です。ただし、体力のない人、筋肉が少ない人が自己流で筋トレやジョギングなどを始めても、筋肉を傷め、過度に消耗してしまいがちです。できるだけ医療者のアドバイスに従って続けることをお勧めします。また、休養をとらずに“過活動”の状態が続くと、筋肉の回復・成長の時間がなくなり、うまく貯筋することはできません。運動するときは、休養の取り方、睡眠の質にも気を配る必要があります。

ハートセンターでは、心血管疾患の患者さまを対象とした心臓リハビリテーションプログラムがあります。筋力や体力、栄養状態などを測り、生活習慣に配慮しながら、1人1人に合ったプランを提案しています。ご興味がおありのかたは、ぜひご相談ください。

最後に、ぜひ覚えておいて欲しいこと。

「使えばなくなる、お金の"貯金"」
「使って貯めよう、筋肉の"貯筋"」
  • *1

    Kamiya et al. Am J Med. 2015

  • *2

    日本老年医学会雑誌、47巻1号(2010年)

  • *3

    Xue QL, et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2008

  • *4

    Sergi, et al. J Am Coll Cardiol. 2015