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VOL.20

Vol.20:忍び寄る“サイレント・キラー” 高血圧 Part II
クスリに頼る前に生活習慣の改善を考えましょう

前回に引き続き、高血圧について考えます。

静かな殺人鬼(サイレント・キラー)・高血圧性疾患に、約2兆円の国民医療費!

ご存知でしたか?「平成26年度・国民医療費の概況(厚生労働省)」によれば、高血圧性疾患の年間医療費は1兆8,890億円、年間死亡者数は6,726人(男性2,605人、女性4,121人)でした*1。数か月、数年と高血圧が続くと、症状がなくても、からだの中では知らず知らずのうちに、悪影響がじわりじわりと広がっていきます。“音もなく忍び寄る殺人鬼(サイレント・キラー)”と呼ばれるゆえんです。高血圧を治すために最も合理的なのは、生活習慣を修正すること。表1に、「高血圧治療ガイドライン2014」(日本高血圧学会)において推奨されている生活習慣の修正項目を提示しました*2。このうち、今回は「1.減塩」と「4.運動」に絞って解説します。

高血圧治療の第一歩は、減塩:落とし穴は、“外食”と“おつまみ”と“調味料”

人体は過剰の塩分を摂取すると、それを体外に排泄するために血圧を上昇させます。食塩摂取量が少ないほど血圧は下がることがわかっています(図1)*3

厚生労働省は1日の食塩摂取量の目標値を、男性8g、女性7gに定めています。一方日本高血圧学会では、高血圧患者さんの食塩摂取量目標値を6gに設定しています。50年ほど前の日本の北部では、1日あたりの塩分摂取量は約30gで、南部に比べ高血圧患者も倍くらいいました*4。現在の日本人の平均食塩摂取量は10g/日程度に改善したものの、ヨーロッパでは1日6g、米国では4gを推奨していることを考えると、まだ甘い?かもしれません。日々の食生活において注意すべきことを挙げます。

外食

外食は基本的に塩分が濃くなっています。人は味が濃いとおいしく感じやすいことが理由です。自身で調味料を使って調節できるメニューを選びましょう。最近は減塩メニューを用意したり、客の希望により薄味にしてくれるお店も増えています。また、外食の前後の家での食事は薄味を意識するなど、数日間での調節を心がけましょう。表2に塩分の多い食品を並べました*5

おつまみ

酔っぱらってしまうと味もわからなくなるため、ついつい塩分が濃くなることがあります。佃煮やスナック菓子など塩分の濃いものははじめから少量にとどめましょう。冷ややっこや刺身など、自身で調味料を調節できるものはお勧めです。

調味料

調味料を使うときは、上からかけるのではなく、“付けて食べる”ようにすると、過剰摂取を防げます。意外と誤解が多いのが、ノンオイルドレッシングとうすくち醤油。ノンオイルではオイルのコクがない分、塩分を濃くしていることが多いです。またうすくち醤油は、塩分ではなく“色が薄い”もので、こいくちより塩分濃度が約2%高いことを覚えておきましょう。

運動で自律神経機能や血管内皮機能が安定化、肥満も解消

適度な運動は、心臓や肺の働きを向上させ、血液の循環を促進し、体の各部の機能を改善させます。まず、自律神経系が安定化し、血圧や心拍数の改善につながります。代謝がよくなり、肥満、脂質異常症、糖尿病など生活習慣病全般に良い影響を及ぼします。肥満者はそうでない人に比べて高血圧が2~3倍多いことがわかっていますが、運動をしっかり行って減量すると、血圧改善の効果も期待できます。さらに、運動により血管内皮機能を改善し、動脈硬化の進展を抑えてリスクを減らすことができます。できれば毎日定期的に、30分以上、“ほんの少しきつい程度(中等強度)”での有酸素運動が一般的に勧められています*6

注意すべきは、“やりすぎないこと”

減塩にしても、運動にしても、注意すべきは、“適度”を心がけることです。 減塩を恐れるあまり、食事量が極端に減って、栄養不足になる人がいます(嘘のようなホントの話です!)。また、体力レベルを超えた“強すぎる運動”は、かえって交感神経を興奮させ、血圧を上げるだけでなく、心臓に過度の負荷をかけてしまいます。運動選手が練習しすぎて負傷するのと同じです。他人や若いころの自分と比べてはいけません。“現在の自分”のからだとよく相談し、“分相応”を心がけましょう。

表3には、日本高血圧学会による血圧値の分類を掲載しています*2

もっと知りたい方へ

“運命に立ち向かう人体”:高血圧が引き起こす病気について

実は、“高血圧”よりも“低血圧”の方が生命の危機に直結することをご存じでしょうか。

進化の過程で想定が狂った人体

人類はかつて、“高血圧”よりもむしろ“低血圧”のリスクに永く直面していました。生命体は海から陸に上がったとたん、水や塩分の摂取が困難な状況となり、低血圧のリスクに晒されることになりました。外敵と戦って出血すればやはり低血圧につながります。このため、進化の過程で人体は“低血圧”になっても機能できるように設計されてきました。最低限1日1グラムの塩分があれば機能や組織を維持して生きられるともいわれています。

ところが、現代の人間社会では、塩分過多、高カロリー、運動不足などによる高血圧や高血糖状態が蔓延、塩分だけでも1日平均10g摂っています。これは人体にとって完全に想定外の事態でした。歴史上、豊富な食糧や塩分、便利な交通手段などがそろったのはほんのここ数十年。そんな短期間に人体は低血圧対応から高血圧対応へと遺伝子を変えることができません。こうして近年、「高血圧性の臓器障害」が急増したのです*7

高血圧が引き起こす、脳・心臓・腎臓の病気とは
高血圧性心不全
高血圧が続くと、心筋の細胞が変性して肥大し、細胞の線維化が起こります。線維化した組織は正常の筋細胞のように伸び縮みしないので、まずは心臓の拡張機能が低下、続いて収縮機能の低下もきたします。次第に、水分・塩分が貯留しやすくなり、軽い運動など少しの負荷にも対応する余裕がなくなります。普通の心不全と違って、全身のむくみや歩行時の息切れが起こる間もなく、早ければ数時間で急激に悪化するのが、高血圧性心不全の特徴です。さらに、心房筋に負荷がかかって心房細動という不整脈も誘発しやすくなります。
高血圧性脳血管障害(脳出血、脳梗塞)*7*8
通常の人に比べ、高血圧の人が脳梗塞になるリスクは3~5倍、脳出血になるリスクは9~10倍になると言われています。図2のように、脳の表面には数ミリの太さの血管が走っていますが、脳の中心に至る血管は穿通枝と呼ばれる、非常に細い動脈です。高血圧が続くと、脳内の細い動脈がダメージを受けます。この動脈が詰まると“ラクナ脳梗塞”を起こし、血管が切れれば脳出血を起こします。表面の太い血管で動脈硬化が起こると、“アテローム血栓性脳梗塞”とよばれる脳梗塞を引き起こします。また、高血圧性心不全でも示したように、高血圧が続くと心臓に負担がかかり、心房細動という不整脈を起こしやすくなります。心房細動の患者さんは、“心原性脳塞栓症”という、極めて重篤な脳梗塞のリスクが通常の3-5倍くらいといわれています。
慢性腎臓病*7*8
腎臓内にはおびただしい数の細い血管が密集して存在し、“細動脈の塊”のような構造になっています。細い動脈は比較的太い動脈から直接分岐しています。この構造は、実は“低血圧”の際に備えて機能を維持するためのしくみでした。ところが、現代のように高血圧に晒されやすい環境では、その細い動脈に強い負荷がかかり、構造そのものが破壊されやすくなります。せっかくの構造がアダになって、腎障害を進行させてしまうことになります。
他にもある、高血圧の合併症

最近特に脚光を浴びている大動脈解離や大動脈瘤、失明に繋がる網膜症、下肢動脈閉塞症など、高血圧がリスク因子であるとされる病気はほかにもたくさんあります。高血圧は人体にとってまさに想定外の緊急事態です。その困難に私たちの知らないところで必死に“運命”に立ち向かっている、私たちのからだ。
ぜひ、労ってあげてくださいね。

  • *1

    平成26年度・国民医療費の概況(厚生労働省)

  • *2

    高血圧治療ガイドライン2014(日本高血圧学会)

  • *3

    Sacks, et al. N Engl J Med 2001

  • *4

    Meneely, et al. Med Clin North Am 1961

  • *5

    医薬基盤・健康・栄養研究所 (2017)「日本人はどんな食品から食塩をとっているか?―国民健康・栄養調査での摂取実態の解析から―」

  • *6

    厚生労働省e-ヘルスネット「高血圧症を改善するための運動」(https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/exercise/s-05-004.html)

  • *7

    伊藤貞嘉.日本医師会雑誌.第142巻・特別号(1)「高血圧診療のすべて」、Ⅳ.臓器障害の病態と臓器連関.2013.

  • *8

    Ito et al. Hypertension Research. 2009; 32, 115–121